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zoom RSS ビルヌーブ:「父はみんなのアイドルだったと、あらためて理解した」

<<   作成日時 : 2012/05/11 02:16   >>

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火曜日、ジャック・ビルヌーブは、彼の伝説的な父が乗ったフェラーリ312T4をドライブして、ジル・ビルヌーブの30回忌となる記念の日にノスタルジックな走行を行った。

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未亡人のジョアン、そして娘のメラニーは、フィオラノのプライベート・テスト・トラックに来て、ジャックの走行を見守った。

現在のフェラーリのドライバー、フェルナンド・アロンソとフェリペ・マッサは、名前そして勇敢なスタイルがいまだ強い感情を喚起させる最も愛されたケベック・レーサーに敬意を表するため、ファンおよび会社スタッフそして世界中のメディアと共に参加した。

息子によってドライブされたフェラーリ・モデルは、父が1979年シーズンにドライブしたものと同じものであり、ジルは世界選手権のランキングにおいて2位に入った。

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「イタリア人は、誰よりも父に魅了されたし、彼のことをもっとたくさん見ていたかった」と、ジャック・ビルヌーブ。

「父はみんなのアイドルだった。僕は今日あらためて、そのことを理解した。この偉大なる冒険が突然終わりを迎えてしまったのだから、ファンにとっては悲しいことだった」

イタリアのテレビは、月曜日にジル・ビルヌーブに対するノーカット版の放送で賛辞を送った。また、フェラーリは、ケベックのスターに対するオマージュのウェブ・ページを作成した。

「多くのファンは、勇敢なドライバーの常に存在する思い出によって、マラネロに引きつけられた」と、フェラーリは述べている。

元スノーモービル・レーサーのジル・ビルヌーブは、フォーミュラ1において最も歴史に名高いチームの一員として1977年に加わった。

ビルヌーブは、1978年モントリオールで行われたカナダ・グランプリでの勝利を含む6勝を記録し、サーキットにおける最速ドライバーであると広く考えられていた。

彼はソルダーでのベルギー・グランプリの予選での事故において、32歳で亡くなった。彼の有望なキャリアは1982年5月8日にピリオドを打った。

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火曜日に彼の父のクルマに乗るというジャックの決定は、彼がジル・ビルヌーブの遺産に対して折合いをつけたというサインかもしれない。

一時期、それは彼の父を越えたキャリアにおいて、ジャックが超えることができなかったただ一つのものだった。

ジャックは、ジルの悲劇的な事故の2年後、北米のCARTシリーズに参戦し、1995年のインディ500で勝利を収める前、父の先例にならい、ゴーカートを始めた。

それから、ジャックは常に父の功績に関する質問を受けるたび、嫌気がさしていった。

「僕たちは、常に同じ議論へと戻っていった。だから、そのことについて話すのは止めにした。僕には、築くべきキャリアがあった。でも、彼らはいつも父の話へと戻っていった」

ジャックは1996年にF1サーキットに移り、1997年のF1世界選手権でタイトルに輝き、瞬く間に父の夢を実現した。

彼は、自らが世界選手権を勝ち取り、数十年の時を経て、父親との比較がおさまったと述べた。

「それを口にするのは悲しい。でも、彼が亡くなったという事実は、僕がより良いドライバー、そして人となることへの助けとなった」と、41歳のモナコの住民が述べた。

「でも、小さな少年としては、僕は明らかに彼が生きていることを望んでいたよ」

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Gilles Villeneuve still sparks emotions | Motorsports | Sports | Toronto Sun:
http://www.torontosun.com/2012/05/08/gilles-villeneuve-still-sparks-emotions

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コメント(2件)

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RYOさん、Safariの使い勝手が悪くて、度々投稿ミスしてすみません(汗)

>でも、小さな少年としては、僕は明らかに彼が生きていることを望んでいたよ
 この一言にジャックの本心が集約されてると思うね。

>僕には、築くべきキャリアがあった。。
でも、彼らはいつも父の話へと戻っていった
※きっと母親と妹の手前、無責任で身勝手なメディアの対応に「察してくれよ」と感じてたんじゃないかな(~~;

>この偉大なる冒険が突然終わりを迎えてしまったのだから、ファンにとっては悲しいことだった
 ファン想いの彼らしいコメントだけど、やっぱり彼と彼の家族の悲しみは、それ以上だった筈だね。

※ジルのファンもメディアも、もう少しだけその辺りの彼の心情を察して欲しかったよね(~~;
ra272_kai
2012/05/19 23:36
ra272_kaiさん
いえいえ、大丈夫です。
ジャックにとってはただ一人の父であり、一方レースにおいては、自分はジャック・ビルヌーブだという自負・自尊心との葛藤だったのではないかと想像します。
もっとも、現在このような形でイベントに参加し、またジルのことをこのように振り返ることができるのも、ジャックが成し遂げてきた偉大なキャリアがあってこそと思います。
そう言った意味でも、今回のイベントは本当に良い節目となったことと思います。
ビルヌーブの名は、今では父子で築き上げた伝説と言ってもいいのではないかと思います。
RYO
2012/05/22 21:54

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